千年越しに
ひたり、と合わせたてのひらは冷たすぎる。手が冷たい人は心の温かい人だというけれど、きっとこの人は違うな、と思った。目を細めてエジプトさんを見上げれば、いつもどおりの笑みをそこに貼り付けていた。どこか遠くを見つめていたその瞳は、すぐにわたしの方に向けられる。相変わらず、人の動きを感知することに優れている人だ。穏やかそうに見えるその唇が動いた。


「どうかしたのかい」
「…いいえ、なにも」


本当は何か言いたいことがあったはず。けれど、その言葉は明確には出てこなかったために、ずっと奥の方に隠した。(彼ははっきりとした答えじゃないと、受け付けてくれない)(そしてそれに感付くのが上手い)
ゆるく首を振ったわたしに、彼はにんまりとした嫌な笑いを口元に浮かべ、尚も言葉を続けた。まるで悪戯を考える子供のような顔だ。けれど、そんな純粋無垢なものではないとよく分かっていた。


「嘘は、いけないよ」
「はい。わかっています」


なんの戸惑いもなくそう答えたわたしに、彼はすっと手を伸ばした。その指先がわたしに触れてしまう前に、ぱしりとその手を捕らえ唇を寄せる。てのひらへの口付け。これは以前、トルコさんに教わったものであった。すると、彼は一気に顔を顰め、ぐ、とその手でわたしを素早く乱暴に引き寄せ、低い声で口を開いた。


「トルコかい?」
「ええ」
「…まったく、あの子は…」


ふう、と息を吐く彼の眉間にはくっきりとした皺があった。きっと、トルコさんは泣きを見ることになるのだろうが、あの人のことだ。きっと、うまくかわすのだろう。トルコさんは、彼と長い付き合いだ。そこまで考えてわたしは笑い声を漏らした。


「なにを笑っているんだい」


その声が小さな怒りを波紋のようにわたしに知らせた。けれど、私はその笑いをちっとも控えようとはしなかった。(そんな勿体無いことを、いったいだれが、するというのか)しばらく、わたしの笑い声と彼の沈黙が続いて、やっと口を開いた彼がふと視線を逸らした。


「どの子も、大きくなってしまったな」


その口元には、先ほどの不機嫌さは一切刻まれておらず、それどころか哀愁を漂わせた笑みを浮かべていた。何を言っているのかすぐには理解できず、やっと分かったときには、とうとう大きく噴き出していた。ついさっきとは比べ物にならないくらいに、大きな声が響いた。


「っえ、エジプトさんって、そんなこと思ってるんですかっ?」
「…なるほど。どうもお前は、私を怒らせたいらしいね」
「だ、だって、っまさかそんな、っ」
「咽るくらい面白いのかい」


じっとりとした目で見られても、この笑いだけは収まらなかった。そろそろ軽く殺気が出てきたくらいになって、ようやく少し笑いがおさまった。けほり、と笑いすぎで違和感を感じる喉に咳をする。何も言わずにこちらを見つめていた彼と目が合い、もう一度咳をした。


「…でも、そんなこと言うあなたが悪いです」
「わたしが、か」
「ええ。それも、そんなに悲しそうに」
「そんな顔をしていた覚えはないな」
「それじゃあ無意識ですか。余計に笑えますよ」
「………」


珍しく、今日の彼は子供のようだった。黙ってしまった彼を覗き込めば、そのまま体を引き寄せられた。


「え」
「ほら、引っかかった」
「っな、エジプトさん…ッ!?」


否、いつも通りだった。わたしを腕の中に閉じ込めて、満足そうにくすくすと笑う彼はいつも通りのそれだった。いったいさっきのは何だったんだ、と思いながらため息を吐く。やはり、この人には勝てないのだ。


は、まだまだ子供だねぇ」


ああ、くやしい。くやしい。さっきとは逆に、彼がこちらを覗き込むような姿勢になってしまっていた。くやしい、くやしい。そう思う度に彼の口角が上がるのだから、もう降参するしかない。(ああ、けれど、くやしい)


「いつか追いついて、わたしが抱きしめてみせますから」


せめてもの抵抗に口を衝いて出た言葉に、今度は彼が噴き出した。






想いを寄せる






(071216/埃及/お爺ちゃん大好きです見本はもちろん猩々緋さん宅の爺様!!)