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所謂、一目惚れというやつだろうか。ふわり、と揺れる男の人にしては長い横髪に隠れている瞳に目を奪われてしまったあの春から、あたしは彼から目が離せなかった。クラスが同じ、なんて運命的なことはなかったし、廊下ですれ違うのもほんの数回だった。あっちから話しかけてくれることなんてあるはずもない。彼が気になり始めて知ったのは、やっぱり、この学校でも人気のある人だったということ。容姿はもちろん、あの雰囲気に似合う柔らかな物腰がとても評判だ。そこまで彼を知らないあたしにはよく分からなかったけれど、その噂のおかげで名前を知ることぐらいはできた。彼は花京院典明くん。二つ隣のクラスにいる男の子。 ジ ャ ン ク ふう、と一息を吐いて、屋上に座り込んだ。天気がいい。此処は心地よいところなのだが、人気は驚くほど少ない絶好のスポットだ。少し床が汚いが、屋外なのだから当たり前といってしまえばそこまでだ。フェンスに寄りかかれば、がしゃん、と耳障りな音がした。音はそれっきり、消えた。特別、持ってきた本も無かったために、ただぼんやりと空を仰いだ。最近、僕は少しおかしいのかもしれない。不意にそう思った。気にしないようにしていた視線が、やけに気になるようになった。なんとなく、くすぐったいような、遣る瀬無いような、不思議な感じがするような視線。やろうと思えば、視線の持ち主を探すことぐらいは容易い。だが、それすらも躊躇われた。探ってよいのだろうか、その後僕はどうするのだろうか。そんな取り止めの無いことをつらつらと並べてしまう。「…女々しいな」苦笑しか出なかった。まだ昼休み時間はある。図書室にでも行って本を借りよう、と立ち上がり屋上の扉を開けた。(さっきの考察は気にしないことにしよう、そう思いながら) 花京院くんの姿が見えた。三日ぶりの彼の姿は、やっぱり何処かきらきらと輝いて見えた。人気のない階段を上っていく彼の後を少しついていってみた。この先は何があるのだろうか。だいたい、こんなところがあったのか、と思うほどの階段を上り続けて、しばらくして止まる。人が、いなくなったからだ。このままついていったら、やっぱり怪しく思われてしまうだろうか。それは嫌だ。けれど、彼の行くところにも興味がある。「…どうしよう、」この呟きは人知れず空気に紛れて消えた。しばらく立ち止まって、決心を決めた。上へ行こう。なんとなく震える足を奮い立たせて、一歩一歩、上へ上へと足を進めた。どうしてこんなに緊張するんだろうか。胸が、今までにないくらいに煩い。(静まれ心臓!)そして、とうとう階段はなくなった。目の前に立ち塞がる扉に、再び足が凍った。そして開かれた扉に、とうとう心臓まで凍ってしまった。全部の音が、止まってしまった(気がした) 「…………」 「…………」 「……あの、」 「…………」 「………聞いてます?」 「…ッ、あ、は、は、は、い、」 「…退いてもらえないかな」 「ご、っご、ごご、ご、ごめ、ごめ、」 「…………大丈夫かい?」 扉を開けると、初めて見る女の子がいた。いや、もしかしたら何度かすれ違っているのかもしれない。僕が覚えていないだけで、彼女は僕を知っているようだった。それとも、極度の人見知りでこうなってしまっているのだろうか。もしそうなら、典型的日本人というか、むしろ社会不適合者じゃないか。我ながら酷い考え方をしていることに気付き、(本人は気付いていないとしても)謝罪の意も込めて声をかけてしまった。すると、彼女は病気なんじゃないかと思うくらい顔を真っ赤にして意味の分からない言葉を口走り、後ろに下がった。その先は、言わずもなが、階段だ。 「危ないッ!!」 「っ、ぁ」 ジ ャ ン キ ー ふわり、ふわり。気持ちのいい空を泳いでいるような感覚を味わっていた。今なら何処まででも行ける、とはこのことをいうんじゃないか。けれど、身体は何故かぴくりとも動かず、何かに流されているように視界だけが目まぐるしく変わっていった。ああ、夢か。それに気付いたからといって目覚めることができるわけではなかった。何しろ、夢だからだ。それにしても、あたしはいつの間に眠ってしまったんだろう。赤、ピンク、黄色、オレンジ、緑、色鮮やかな視界のずっと先に、人影が見えた。あれは、だれだろうか。そう考えたのも束の間「さん」名前が呼ばれた。 「…あ、れ…?」 「具合はどうだい?」 「………かきょーいん、くん?」 危うく階段から落ちるところだった彼女の腕を引いて抱き寄せ、彼女を庇い受身を取ったのは僕だ。だが少しだけ間に合わなかったらしく、彼女は少し頭を打っていた。血は出ていなかったものの、意識がなかったために保健室まで走った。だが生憎保険医はおらず、小さく舌打ちをしたい気分に駆られながらベッドに彼女を寝かせた。そのときに見た内履きに「」と書いてあった。どうやらさんというらしい。窓を開ければチャイムが鳴った。授業が始まってしまったらしい。このままさんを放っておいて授業に出ても良かったのだが、それはなんとなく僕の良心が痛んだためにやめた。かといって、彼女が起きたら授業に行こうなんていう気にもなれなかったために、今日はさぼろうという決断に至った。ふと彼女を見ると、ん、と小さく息を漏らしていた。どうやら覚醒が近いらしい。そして思わず口に出していた言葉に、彼女の瞳がゆっくりと開いた。焦点の合っていない瞳がこちらに向けられる。次に紡がれた言葉は間延びしているものの、僕の名前に間違いはなかった。脳は正常なようだ、と一人納得して隣のベッドに座った。少し身体を起こそうとした彼女の肩を押さえ「もう少し寝ていた方がいいよ」と言えば、さんの頬が赤く染まった。熱かい?なんてベタなことも言えず、なんとなく気まずい沈黙が流れ始めた。こういう空間は、苦手なのに。 ああ、どうしよう。どうしよう。あたしの頭はそれでいっぱいだった。目の前には憧れていた花京院くんがいて、あたしに触れたのだ。それだけで心臓が爆発しそうなくらいで、顔を伏せてシーツをぎゅう、と強く握った。どうしよう、どうしよう。彼は今あたしの目の前にいる。手を伸ばせば触れられる距離にいるんだ。けれど、あたしには彼に手を伸ばすなんて大それたことをする勇気もなくて、やっぱりただひたすらシーツを見つめた。運命的な大恋愛なんて、できるはずはないんだから。(きっと花京院くんには、あたしなんかよりも、もっともっと素敵な人が似合う)「あの、」とうとう決心をして口を開く。泣き出しそうになってしまいそうで、顔はシーツに向けたままだった。 「花京院くん、あたし、大丈夫だから、その、うん、えっと、」 「…本当?」 「…うん。ありがと。迷惑かけて、ごめんね」 「…いいんだ。結局、助けるのも遅れてしまったから」 頭を打たせてしまって、ごめん。そう言って彼女の頭に手を伸ばした。ああ、おかしい。もしかしたら今の僕は、顔すらこ強張っているのかもしれない。手は、震えていないだろうか。ぽん、とさんの頭に手を置いた。そこから、じんわりと彼女の熱が伝わってきたように思えて、何処となく恥ずかしかった。その後はすぐに手を離して「それじゃあ」とだけ言い残して保健室を後にした。あまり、人とは関わりたくないはずなのに、どうしてさんの頭を撫でてしまったんだろうか。というよりむしろ、屋上の扉で会ったとき、どうして声をかけてしまったのだろうか。今では何も分からなくなっていた。ただ、分かるのは、この手に残っているさんの熱。ただそれだけ。 ジ ャ ン ク シ ョ ン (今、今、か、かきょういんくんの、て、て、が、え、えー、えええええ) 「…ね、熱、あるの、かも」 (080323//花京院//蜩ちゃんへ。遅れてサーセン!花京院はもっとかっこいいですバーローww) |