「勘違いするなよ、遊びだからな」
精一杯の意地だろうか。彼の瞳の色を見る限りでは、そう思うしかなかった。あたしは曖昧に笑って、ただ頷いた。「いいよ。先生の気の済むまで、付き合うから」あたしも同じく、意地を張っていたんだ。絶対そうだ。
あの時の先生はとても苛々しているように見えた。(仗助に言わせれば「いつも」らしい。さすが仗助)だからあたしは、先生の精一杯の意地という名の言葉のナイフを受け止めた。悲鳴も挙げずに。だから、先生はとても痛そうな顔をしていて、なんだか泣きそうになってしまった。(本当に、優しい人なんだから、先生は)
間違いだったとは思っていない。思ってしまえば、何かが終わってしまうから。その終わりを見たくないがために、あたしはただひたすら耳を塞ぐ。その口を閉じてしまって、ああいっそのこと縫ってしまおうか。そんなことを考える。そのくせ、先生の唇から零れる言葉には従順なんだ。矛盾なんて、今更のこと。
いつか。いつか、先生はきっとあたしの前からいなくなるだろう。これは直感だった。だけど女の勘というのは非常に良く当たる。伝聞、経験による所産。それすらも生きている重みといえばそれまでなのに、どうしようもなくあたしは悲しくなる。どうしてあたしは女なんだろう。ああ、これも何か違う。女とは斯くも愚かなものだ。旧約聖書は間違ってなんかいない。イヴは罪だ。


「せんせい、リンゴが食べたい」
「自分で買いに行って来い」
「一緒に買いに行こ」
「だが断る」




原罪現在進行中




(080211/露伴/初書きではないので何とも言えない。先生はそんなことしないと思う。)