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雨だ。ざァざァと嫌な音をたてる雫が弾けて彷徨う。1つ、2つ、3つ、また1つ。目で追うには多すぎるそれに溜息を吐けば、カシャリ、と雨とは似ても似つかない軽やかな複重音。それと共に、頭に少しばかりの痛みが走った。 「晋助、」 「痛いだのなんだのってのは聞かねぇぞコラ。そろばん塾さぼったてめーが悪い」 「学校平気でさぼってるくせに。ほんと、そろばん好きだね」 私の頭を叩いた張本人である幼馴染の彼は、片手にそろばんというあまりにも似合わない格好で現れた。(というか、そろばん塾から学校まで戻ってきたわけですか)晋助の学ランは濡れていた。 「」 「なに」 ああ、不機嫌だ。(これで機嫌がよければ、それはそれで怖いのだけれど)こういうとき、晋助はいつも以上に低い声を出す。ただでさえ妖しさを込めた顔をしかめ、片目だけで私を強く見詰める彼は、慣れない人なら卒倒物だろう。(一部の女子には違う意味で)ざァ、といやに耳につく雨音が、変わらず私を責めたてた。〈意地を張るのもいい加減にしろ〉と。 「携帯の電源まで切ってんじゃねぇよ」 「なに、それ。そんなの、私の勝手じゃな、」 がしゃん。再び(次は額に)晋助のそろばんが振り下ろされた。がしゃん。もう一発。がしゃん、がしゃん、がしゃん、がしゃん、ごつん。「いっ」何度目かのそれは、軽いそろばんなんかじゃなく、もっと固くて質量のあるものだった。閉じていた瞳を開ける。予想通りというか、それしかないというか、晋助だった。 「…晋助、いたいんだけど」 「痛くしてンだ。あたりめーさな」 「わけわかんない。近いし」 「今更、緊張する仲でもあるめー」 「まったくですね。…ねぇ、退いて」 晋助の少しだけ茶色が混ざった黒い瞳は苦手だ。見透かされて、奪われて、目を背けたくなる。彼の瞳は真っ直ぐすぎるんだ。私のそれとは、違って。そんな私のことなんて少しも知らずに、退いて、という言葉を聞かないどころか、その様子すら見せない晋助に痺れを切らせた私は無理やり退けようと腕を突っ張った。そのとき「」やんわりと、どこか柔らかさを込めて呼ばれた名前に、思わず力が抜けた。あ、と思ったときにはもう遅く、軽々と腕は取られ、晋助との距離が縮まっていた。瞳が、近い。 「隙ありすぎ」 「私が、悪いの?」 「ハ、馬鹿だろおめー。今のは確実に俺がそうさせたんだっつーの」 (なんだ、それ)わけわかんないよ、と笑おうとした私の視界は、いつの間にか歪みきっていた。ぼろぼろととめどなく零れ落ちるそれは、未だに耳元で煩く響く雨音に似ている。「」彼に名前を呼ばれるのは、これで何度目だろう。私の名前を呼ぶ以外何もせず、言わない彼に、とうとう顔まで歪んできた。(私はね、大声で喚かないと、顔をぐしゃぐしゃにしないと、泣けないんだ。声を押し殺して泣けるほど、)「」(器用で可愛い女の子じゃ、ない) 「晋助の、ばか」 「はいはい」 「あほ、おに、きちく、かため、」 「はいはい」 「そろばんじゅく、とか、ほんと、にあわ、ない」 「ったくよォ、が行くっつったから付き合ってやってんだろーが。泣き虫」 ぼやけた視界に映る晋助の顔が、なんとなく、赤く見えた。 泣き虫と天ノ邪鬼 (080715) |